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クルマのトラブル「もしも」マニュアル
2021年12月7日更新
【今回のやっちゃったストーリー】
新婚ホヤホヤのJさん(26歳・会社員)は、ある日、クルマに若妻を乗せ、隣県にある彼女の実家へと向かった。60歳になった義父の還暦祝いに参加するためだった。
義父はかつて「経済力のない男に娘はやらん!」と結婚に大反対した人物。Jさんとは反りが合わないのだが、後々の付き合いを考えると、こういう“公式行事”に顔を見せないわけにはいかなかった。
妻の実家付近には1時間ほどで着いた。Jさんは、そこで妻に運転を代わってもらった。妻の実家は細かく入り組んだ古い住宅地にあり、ナビを使っても道に迷うのが常だったからだ。
免許を取って日が浅い妻の運転は覚束なかったが、ナビも使わず狭い道路を迷うことなく縫っていき、すぐに実家の前へとたどり着いた。さすが元地元民だ。
だが、最後に問題が残っていた。
大谷石が積まれた実家の門は、狭い道路に面しているうえ、クルマがギリギリ入れる幅しかない。帰りのことを考えると、バックで入るのが最善だが、妻の技量では難しそうである。なので、Jさんは「運転、代わるよ」と申し出た。ところが、妻は「こういうことも普通にできるようになりたいから、私、やってみる。外で誘導して」と言ってハンドルを譲らない。運転を上達させたいという前向きな姿勢を否定するわけにはいかないと思い、Jさんは「わかった。頑張って」との言葉を残して外に出た。
それが間違いだった。
何度か切り返しを行った末、上手い具合に車体が門を通り抜けられそうになったので、Jさんは「よし、そのままアクセルを踏んで!」と声を掛けた。しかし、妻は何を思ったか、右いっぱいに切っていたハンドルをまっすぐに戻し、そのままアクセルを踏み込んでしまった。
Jさんが「あっ!」と叫んだときはもう遅かった。クルマのリアが門の左側を直撃し、大谷石がガラガラと音を立てて崩れた。
外の騒ぎを聞きつけ、家の中から赤いちゃんちゃんこを着た義父が飛び出してきた。Jさんがしどろもどろになりながら事の顛末を説明すると、義父の顔はみるみるうちにちゃんちゃんこと同じ色に染まった。
「ここでのバックは難しいんだ。オレでさえしょっちゅう車体を擦る。それを免許取り立ての娘にやらせるとは何事か! お前は経済力だけでなく、まっとうな判断力さえないのか!」
ほとんどパワハラ発言だが、叱責に萎縮したJさんは、消え入るような声でこう謝った。
「おっしゃるとおり、僕の完全な判断ミスでした。申し訳ありせん。壊れた門は、僕が責任をもって直します。経済力はありませんが、夫婦限定の自動車保険に入っているので、その対物保険で対応します……」
この後、義父の還暦祝いは気まずい雰囲気の中で行われたが、終盤にはお祝いムードが戻ってきて、無事に終了と相成った。Jさんはすぐにでも帰宅したかったが、早く門を直さなくてはと思い直し、その場から工務店に電話で修理の依頼をした。さらに、保険代理店に電話をかけて事故の顛末を報告し、門の修理代を自動車保険で賄いたい旨を告げた。すると、どうだろう。保険代理店の担当者は、申し訳なさそうにこう答えるではないか。
「奥さまが運転して、奥さまの実家の門を壊してしまったと……。うーん。だとしたらJさま、残念ですが、門の修理は対物賠償責任保険、いわゆる対物保険の補償対象とはなりません。対物保険は、自分のモノを壊した場合はもちろん、身内のモノを壊した場合も補償の対象外となります。もし、血縁ではないJさまご自身が運転して門を壊してしまったということでしたら、補償対象となったのですが。ちなみに、事故で壊れたJさまのクルマの修理費は車両保険の対象となりますから、その点はどうかご安心ください」
ガーン!
結局、Jさんは金融機関でローンを組んで門の修理費を捻出することにした。支払いを終えるまで、新婚生活の経済状況がこれまで以上に厳しくなることは火を見るより明らか。Jさんはこれからの生活を考え、思わず天を仰いだのだった。
家庭内の問題は
補償の対象外となる
対物賠償責任保険が使えず、本当に残念なJさんのお話でした。
Jさんが加入している自動車保険は夫婦限定であり、奥さんは対物賠償責任保険(以下、対物保険)を使える立場(被保険者)ではありました。
しかし、奥さんが壊した門は、奥さんの実家の門。つまり、奥さんの実の父親あるいは母親の持ち物です。
この場合、門の修理費は対物保険の対象外となります。保険代理店の担当者が言うように「対物賠償責任保険は、身内のモノ(財産)に損害を与えた場合は補償の対象外になる」というルールに当てはまってしまうからです。
しかし、そもそも、どうしてこういうルールになっているのでしょうか?
実は、一般的に身内間の事故は家庭内の問題として処理される傾向が強く、はっきりした損害賠償請求が行われにくいという実態があります。こうしたあいまいな状況の中で損害賠償の補償を可とすると、そのお金が誤った方向で使用される恐れがあります。このルールは、それを防ぐ必要から生まれたものです。
もっと突っ込んで言えば、身内のモノを壊して補償が受けられるようにすると、「血縁同士が共謀して保険金をだまし取る」というケースがないとは言えません。このルールには、そうした犯罪の類を防止する意図も含まれているのです。
ということで、ドライバーのみなさん、「自動車保険の対物賠償責任保険は、自分や身内のモノ(財産)に損害を与えた場合は補償の対象外になる」ことをしっかりインプットしておきましょう。
身内のモノを壊したときは、対物保険で補償されないの!?(前編)
身内のモノを壊したときは、対物保険で補償されないの!?(後編)
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