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みらいのくるまの「ただいまのところ」情報
2021年6月24日更新
コロナ禍による巣ごもり生活が続き、誰かと長距離ドライブをすることなんてほとんどなくなった。そして、ドライブがどれほど心動かす体験であるのか、すっかり忘れてしまっているところがある。
今回紹介する『田舎のポルシェ』は、そんな失われし長距離ドライブの魅力を思い起こさせてくれる小説。読み進めるうちに、「ああ、早く世の中にワクチン接種が行き届き、誰かと一緒に楽しいロングドライブができるようになればいいな」という希望がむくむくと湧いてくる――。
長距離ドライブ特有の
化学変化の物語
本書は直木賞作家・篠田節子の手によるロードノベルだ。
「田舎のポルシェ」「ボルボ」「ロケバスアリア」という3本の中編小説が収められており、どれも1台のクルマによる長距離ドライブ中に起きた出来事を描いている。
いずれの作品にも、洗練されたクルマは出てこない。「田舎のポルシェ」にはポルシェではなくて軽トラックが、「ボルボ」にはボルボ車は出てくるものの廃車寸前のボルボ・ステーションワゴンが、「ロケバスアリア」にはテレビなどのロケで使う業務用のバスが登場するだけ。
しかも、それらに乗る主人公もごく普通の人で、どちらかというとちょっとした不幸を抱えていたりする。さらに、同乗者も多少のクセがあるとはいえ、やはりいわゆる市井の人々だ。
こんなに地味な設定で魅力的な物語ができるのかと訝る向きもあろうが、心配はご無用。イマイチなクルマに同乗する平凡な人々が長距離を走ることで化学変化が起き、心に染み入るドラマへと昇華していくのである。
魅力的なドラマになるのは、もちろん作家の筆力によるところが大きい。一方、「誰かと同乗する長距離ドライブ」というシチュエーションの妙ともいえそうだ。
見ず知らずの人と車内で過ごす時間は、最初は気詰まりである。でも、同じ風景を見て同じ音楽を聴くうちに、お互いの心がほぐれていくものだ。そして、目を合わさずに同じ方向を見ている助けもあって、問わず語りに身の上話を語り出し、心を通わす瞬間も訪れる。その結果、相手に親しみを感じるとともにドライブがこの上なく楽しいもの、あるいは意義深いものへと変容していく……。
こういう化学変化を、コロナ前は、ほとんどの人が普通のこととして体験していたはず。本書には、そんな懐かしさすら感じる長距離ドライブの愉悦が滋味深いドラマとして描かれているのである。
コロナ禍が終わったら
すぐにでも走りだそう!
メインタイトルにもなっている「田舎のポルシェ」は、まさにそんな化学変化の物語だ。
主人公は東京の実家でつくった大量の米を受け取りにいく岐阜在住の女性。マイルドヤンキー風の便利屋が運転する軽トラックで、岐阜~東京間を往復する。
最初のうち、女性は怖そうな便利屋が疎ましくて仕方がない。だが、道中、彼があおり運転する高級車を撃退したり、台風直撃によって増水したアンダーパスで水没したクルマの乗員を助けたりする姿にだんだん頼もしさを覚えていく。やがて、心を開いた二人が車中で語るお互いのほろ苦い人生譚が共鳴し合い……もしかすると恋心といえるかもしれない感情が芽生えていく。
巣ごもり生活を続けていたら絶対に起こり得ない、豊かでハッピーなストーリー。読み進めるうちに「やっぱり、長距離ドライブっていいな」との思いがじんわり心の中に広がってくる。そして、自分も再びこういう長距離ドライブで起こる素敵な体験をしたいという切なる願いが浮かんでくる。
この願いは、ないものねだりだろうか?
いやいや大丈夫。近い将来、きっとコロナ禍は終息する。だから、今のうちから本書を読んで気分を上げておき、思いを寄せる人を連れての長距離ドライブを計画してほしい。それが実現した暁には、これまでの鬱憤晴らしも手伝って、予想以上に素晴らしい化学変化を体験できるはずだ。
『田舎のポルシェ』
・2021年4月15日発行
・著者:篠田節子
・発行:文藝春秋
・価格:1,760円(税込)
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