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【i-MiEVの10年 / 元メーカー担当者の目線 後編】「大ヒットはしなかったけれど、世界にEV化の波を起こした功績は絶大でしょう」(堤健一さん)

2019年11月21日更新



かつて三菱自動車に在籍していた堤健一さん(株式会社LTE代表)は、マーケティングやインフラ整備支援などを通してi-MiEV(アイ・ミーブ)の販売をサポートした。その堤さんの目に、i-MiEVというクルマはどのように映っていたのか。また、大ヒットとならなかったのはなぜなのか。ストレートに伺った。

感動的な「MRのEV」の走り

——i-MiEVというEVの魅力について伺います。2009年の発表時点までかなり時間をかけて開発されていたようですが、完成までをそばでご覧になっていて、その出来栄えはどう映りましたか?

 最初にお話ししましたが、私は趣味でレースをやっていたので、クルマについては一家言持っているつもりです。そんな口うるさい人間からしても、完成したi-MiEVはすばらしいクルマだと映りました。特に、走りの良さについては非常に感動しました。

——「モーターで駆動するEVは、素早いアクセルレスポンスがあっていい走りをする」ということが言われていますが、それが実感できたということでしょうか?

 もちろん、それもありました。ただ、当時の私は既に何台かのEV体験をしていたので、それにことさら感動を覚えたわけではありません。それよりも、私は「MRのEV」がもたらしてくれる軽快なパワフルさとでも言うべき走りに驚きやおもしろさを感じました。

——「MRのEV」による軽快なパワフルさ、ですか?

 そう、i-MiEVはMR(後部モーター・ミッドシップ後輪駆動)のレイアウトを採用した珍しいクルマです。リアエンジンのクルマというとポルシェ911などがありますが、最近は世界的に見ても少ないですし、日本車となると本当に稀です。
MRのいいところは、駆動系の機械がフロントではなくてリアの下部に集中的に置かれていることから、意のままに操舵ができて小気味いい走りが可能になることなんですけど、そこにEV独特のトルクとレスポンスの良さが加わると、キビキビした軽快さがある状態でパワフルな走りが楽しめるんですよ。

——「MRのEV」をもっとキーワードにすれば良かったですね。

 そして、MRだからi-MiEVは雪道にも強いんです。普通、雪道に強いクルマといえば、4WDのクルマが筆頭にあがり、次にFF(前部エンジン・前輪駆動)のクルマを想起しますが、FFよりもMRの方が雪道性能が優れています。i-MiEVはモーターなどが後部に積まれているために、後ろが重くなります。その重量がかかっているところでタイヤを回すので、駆動力が雪道にも伝わり、走れるというわけです。

——そんなメリットもあるんですね。

 余談ですけど、i-MiEVのすばらしさを実感した私は、個人向け販売が開始されるやマイカーとして購入して5年間乗りました。
ランニングコストがかなり安く済むというメリットを実感しましたし、メンテナンスでも、交換した部品は前のタイヤ2本とワイパーゴム・ブレードぐらい。たいへん経済的なクルマです。

——しかし、それだけいいクルマなら、発売当時の社内では大ヒットまちがいなしの雰囲気があったんじゃないですか?

 はい、ありましたね。これはいけるぞってみんなが思っていました。ですけど、残念ながら評判が良いにも関わらず大ヒットとまではいかなかった……。

価格の高さがヒットを阻んだ

——いいクルマなのに大ヒットしなかった原因はなんだったんでしょうか?

 私は大きく三つあると思っています。一つは軽自動車規格であったこと、一つはEVの選択肢が少なかったこと、一つは価格が高かったこと、です。

——それぞれの原因について解説をお願いします。

 まず軽自動車規格を阻害要因としましたが、もちろん“軽”には“軽”の良いところがあることは知っています。ただし、世界初の量産型EVとして注目されるクルマであり、金額的にも高いクルマなので、“軽”のメリットよりもデメリットが出てしまったように思います。
実際、発売前に私たちが行った覆面調査でも、「いいクルマですね。でもどんなに良いクルマでも、私は軽自動車には乗りたくない」という意見の方が約半数いらっしゃいました。それでも三菱自動車としては、「軽自動車規格で世に出す」という考えは変わりませんでしたから、これは今更の話ということなのですが……。

——そうですか。調査でもそういった懸念はあったのですね。

 次にEVの選択肢が少なかったということについてですが、i-MiEV発売以降の数年間に国内外の主要メーカーからでたEVは日産さんのリーフだけでした。そのことがヒットの可能性を抑えてしまったと思います。

——ライバル車が増えると逆に売れにくくなるのでは?

 いえ、i-MiEVに関してそれは違うと思います。そもそもEVはまったく新しいクルマなので、新たなマーケットを生み出す必要があります。しかし、実際には「i-MiEVがいい」「リーフがいい」という指名買いのお客さまだけが対象になってしまいました。
i-MiEVの後に各社からいろんなEVが出て、お客さまがまず「EVがいい」という選択をし、多くのEVの中から「自分に合った一台」としてi-MiEVを選択するという構図を描けたならば、販売実績の数字は変わっていたでしょう。
これは今後の日本のマーケットにも当てはまる話だと思います。EVの普及には、豊富な選択肢が必要なんです。

——なるほど。

 三つ目の価格が高かったこと。やはり、私はこれが最大の阻害要因だったと思っています。国から、県から、場合によっては市町村からといった具合に何層にも重なる補助金の支援がないと、一般のお客さまが納得できる価格帯にはならなかった。その補助金は初期にはEV普及のために手厚く出ましたが、年を経るごとに減っていきました。
もちろん、三菱自動車も価格を下げる努力をしました。ですが、限界があり、そのへんはもう如何ともしがたかったわけです……。

——いまお聞きした三つの阻害要因のほかに、世間では「EVは航続距離が短いから売れない」という声も聞かれましたが、その点についてはどうですか?

 いや、それは、それほど阻害要因にはなっていなかったと思いますよ。それが証拠に、2011年に電池容量が小さくて航続距離が120㎞と短いMというグレードの廉価なi-MiEVが出ましたけれど、あれは、航続距離が長めに設定されていた上級グレードよりも売れましたからね。
結局、価格が比較的安く設定された点がお客さまの心に響いたんだと思います。普段、クルマを買い物や通勤に使っていて、1日に20~30㎞しか走らないという方にとっては、短めの航続距離であっても必要十分であり、さほど大きな問題ではないということなんですよね。



EVサードウェーブの功労車

——最後に、i-MiEV誕生の一端を担った一人として、この10周年に対する思いを一言いただけますか?

 i-MiEVはEVのサードウェーブを起こし、それを維持し、かつ大きくすることに寄与したという事実が非常に感慨深いですね。

——サードウェーブですか?

 実は三菱自動車からi-MiEVが出るまで、過去にEVが普及しそうな潮流がモータリゼーションの世界の中で二度起きたんですよ。でも、残念なことにその二度とも頓挫してしまいました。で、われわれは、そうした二度の潮流の消滅のようなことには絶対にしないぞという気概をもって努力し、i-MiEVを世に送り出した。いわば三度目の挑戦という格好ですね。
結果、残念ながら大ヒットには至らなかったものの、10年にわたって販売し続け、その中で欧州や中国など世界のEV化が進み、サードウェーブはより大きな波になりました。そういう意味では目標は見事に達成できたと言え、それが大きな誇りであり、感慨深いことに思えるんです。

——今年の東京モーターショーが端的に物語るように、i-MiEVが起こした小さな波は、ようやく日本でも大きくなりそうな気配が濃厚です。i-MiEVの10年は、EVの10年につながっていくのでしょう。本日は貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。

【i-MiEVの10年 / 元メーカー担当者の目線】

「世界初の量産型EVの普及を支える仕事に使命感を持って取り組んだ」(堤健一さん)

「大ヒットはしなかったけれど、世界にEV化の波を起こした功績は絶大でしょう」(堤健一さん) 

堤健一(つつみけんいち)
1960年1月生まれ。日本大学理工学部卒業後、コンピュータソフト会社の営業職に。1999年に㈲堤エネルギーコンサルティングを設立し、いち早くEVを媒体とした観光開発などの事業に取り組む。その後、2001年からは慶應義塾大学SFC研究所の研究員となり、8輪電気自動車「Eliica(エリーカ)」プロジェクトなどに参加。そうした先進的な活動がきっかけとなって2005年に三菱自動車工業に入社。i-MiEVコンセプト開発やマーケティングのほか、経産省主管の『EV/PHVタウン構想』の推進、CHAdeMO協議会の立上げなどにも携わった。2016年に三菱自動車工業を退社して㈱LTEを設立。現在、電動車両のリース業・レンタル業、電動車両導入コンサルティングなどEV関連の事業を幅広く行っている。日本EVクラブ会員。

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