「街と車」　～　「NAVI」表紙写真ストーリー　 Vol.5

写真・初沢克利

今回はパリのなかのミニが主役である。ミニは1959年から2000年まで530万台が生産されたという。日本でも人気があり数多くの専門店がある。その開発のきっかけは1956年のスエズ動乱によるオイルショックだった。石油価格の高騰により、850ccのミニの開発が求められたのだ。燃費がよい4人乗りのコンパクトカーであるミニのデザインは設計者のイシゴス自身のスケッチによるもので、その構造を熟知したスタンダードなものに仕上がっている。その可愛らしい姿は多くの人を魅了した。
写真は1980年前半にモンバルナスにあるカフェで初沢氏が朝食を摂っているときに撮影されたものだ。
「年老いたジャン=ピエール・レオが目の前を横切ったり、サルトルとボーヴォワールが歩いていたり、近くの席では一夜を過ごしたカップルがいて女が真剣な表情で男をみつめている。道路際にあるミニが何気ない美しい姿で迫ってきたり、パリにはいい時間が流れている。このカフェの2階から上はホテル・オデッサというホテルだった」
毎朝、街角の小さなカフェから見える風景のことを初沢氏はこう語っている。
以下は初沢氏の文章の引用である。

街も道路にも歩いている人も特別なものは何もない。ミニは人の姿と同じく、街のなかにあり自己主張もなくとけ込んでいる。
だが違和感がないことを見逃してはいけない。本当に美しいものは匿名性をもっているものだ。ミニはすでに創られてそこに在る。これが事件であることに気がついてもいいくらいだ。

どうだろうか。美しいものとは何かを感じさせてくれる文章ではないだろうか。
私が通っているゴールデン街のマダムが初沢氏の写真を見て言った言葉を思い出した。
「この写真には詩情があるの。文学のようなものが写っている」
写真にはきっとそういう力があり、そこから感じることは、まるで物語を読むことに似ている。
私にそのことを教えてくれたのは、初沢氏のパリの写真や浅草の写真だった。（文・渡辺久浩）